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広島高等裁判所岡山支部 平成11年(ネ)119号 判決 2000年5月25日

控訴人 株式会社 中国銀行

右代表者代表取締役 稲葉侃爾

右訴訟代理人弁護士 田野壽

同 榎本康浩

被控訴人 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 中井宗夫

主文

一  原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文と同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

次のとおり訂正するほか、原判決の「第二 事案の概要」中控訴人に関する部分のとおりであるから、これを引用する。なお、原審被告であった三協工業株式会社については、以下「三協工業」といい、右引用部分についても「被告会社」を「三協工業」と読み替えることとする。

1  原判決四頁一〇行目の「広島地方裁判所福山支部」を「岡山地方裁判所」と改める。

2  同五頁につき、一行目の「被告会社は、」の次に「右訴訟において、」を加え、四行目から五行目にかけての「乙イ第一五号証、第二四号証」を「甲第一四号証、乙イ第二四号証」と、一〇行目の「普通預金取引明細書」を「普通預金取引明細表」と各改める。

3  同六頁につき、二行目の「原告の了解を得ずに右各書類を提出したこと」を「控訴人福山東支店が被控訴人の了解を得ずに右各書類を岡山弁護士会に提出したこと」と改め、三行目の「第四号証の2、3」の次に「、第一五号証」を加える。

4  同一一頁七行目の末尾に次のとおり加える。

「そして、右の具体的必要性、合理性の有無は高度の法律判断を要するものであり、かつ、相手方はその判断のための資料を持たないのが通常であるから、照会に応じて報告した相手方は、明らかに右の判断を誤った場合を除き、その責任を問われないというべきである。」

5  同一三頁五行目末尾に次のとおり加える。

「なお、被控訴人は、控訴人の従業員が、弁護士会から報告を求められていなかった預金払戻請求書、普通預金入金票の写しまで送付したのであり、この点でも違法性を免れない旨主張する。しかし、弁護士会からの照会書中には『照会事項につきわかりにくい点等がございましたら、照会申出の会員に直接お問い合わせ下さい。』との記載があるところ、同記載は、照会制度の円滑な運用を図るべく、被照会者が必要に応じて照会請求をした弁護士に問い合わせをし、その指示を仰ぎ、形式的には照会書に記載されていない書類についても、回答に実質的に必要で弁護士会の照会の趣旨を逸脱していないと認められるものを回答書に添付することを予定しているものである。控訴人の従業員は、右記載に基づき、照会の申し出をした的場弁護士に対し、照会の趣旨を確認し、その結果、取引明細表だけでなく伝票類も添附しなければ、原因たる取引内容の詳細につき理解できず、照会そのものが無意味になると判断し、預金払戻請求書、普通預金入金票の写しを送付したものであって、右行為は岡山弁護士会からの照会の趣旨に合致したものである。」

6  同一四頁三行目の末尾に次のとおり加える。

「しかも、控訴人の従業員は、弁護士会から報告を求められていなかった預金払戻請求書、普通預金入金票の写しまで送付したのであり、この点でも違法性を免れない。この点につき、控訴人は照会書中の『照会事項につきわかりにくい点等がございましたら、照会申出の会員に直接お問い合わせ下さい。』との記載を根拠に控訴人の従業員の行為を正当化しようとするが、本件照会事項に解釈上疑義を差し挾む余地はなく、伝票類が照会事項に含まれていないことは明白であるし、また、照会請求した弁護士には回答者に対し自己の希望する回答を指示する権限はないから、右主張は失当である。」

第三争点に対する判断

一  前提となる事実、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  三協工業ほか一名は、別件訴訟において、B山に対し、請負代金等の請求をしていたが、さらに、B山がその支配下にある破産会社を計画的に倒産させるつもりであったのに請負代金として破産会社振出しの約束手形を三協工業に受領させたことを不法行為として構成し、その損害の賠償請求をすることも検討していた。

2  ところで、三協工業らの別件訴訟における代理人の的場弁護士は、B山が破産会社を支配していたことを裏付ける事実として、B山のC川事務所長の被控訴人が自宅新築資金の一二〇〇万円を破産会社から受領したとの事実を主張する予定であったが、被控訴人は、別件訴訟において、証人として、右金員の受領の事実を否定する供述をした。

3  しかし、的場弁護士は、かねて被控訴人が破産会社から自宅新築資金を受領したとの噂があったこと、破産会社の銀行勘定帳により平成三年九月六日に破産会社の広島総合銀行手城支店の預金口座から一三〇〇万円が払い戻されたことが明らかであったこと、破産会社の会計担当者の陳述から右払い戻した資金を控訴人福山東支店に運んだという事実も認められたことなどから、控訴人福山東支店に被控訴人名義の預金口座があることを把握しており、同口座における入出金の状況を確認できれば、被控訴人が破産会社から自宅新築資金を受領した事実が裏付けられ、また、被控訴人の証言全般の信用性も弾劾できると判断した。そこで、同弁護士は、控訴人福山東支店に対し弁護士法二三条の二に基づき被控訴人の口座の預金元帳の写しの送付を求めることにした。

4  的場弁護士は、岡山弁護士会長に対し、「弁護士法第二三条の二第一項に基づく照会の申出」と題する平成九年七月七日付け書面を提出し、控訴人福山東支店に照会して被控訴人名義の口座の預金元帳の送付を求めることを申し出た。右書面には、受任事件が「依頼者(原告)三協工業と相手方(被告)B山との間の請負代金等請求事件、岡山地方裁判所平成七年(ワ)第七一三号事件」である旨記載され、また、「申出の理由(照会事項と立証事実との関係を明示し、照会の必要性を記載すること)」の欄には「貴行福山東支店に平成三年 月頃開設された被告C川事務所長であったA野太郎名義の預金口座の資金の動きと、訴外破産者高和プラント株式会社の資金の動きの相関関係から、被告が破産会社を支配していた事実を立証する。(貴行支店に同口座が存在することについては破産会社側資料により確認済みであり、貴行にご迷惑がかかることはいたしませんのでご協力お願いいたします)」と記載され、「照会事項」の欄には「貴行貴支店に平成三年頃開設されたA野太郎名義の口座の預金元帳の写をご送付下さい(普通預金・定期預金とも)」と記載されていた。

5  岡山弁護士会は、右書面を審査して右申出が不適当ではないと判断し、「弁護士法第二三条の二第二項に基づく照会について(ご依頼)」と題する右同日付けの書面(乙ア五)に右申出書を添附して控訴人に送付した。右依頼書には至急回答することを依頼する文章及び弁護士法二三条の二の条文とともに「上記のとおり、弁護士会には、法律によって、裁判所や捜査機関と同様の権限が付与されておりますので、ご理解のほどよろしくお願いします。なお、照会事項につきわかりにくい点等がございましたら、照会申出の会員に直接お問い合わせ下さい。問い合わせは電話でも結構です。」と記載されていた。

6  控訴人福山東支店は、平成九年七月九日、右書面を受領し、当時異動時期で支店長が不在がちであったため、預金・為替を担当する支店長代理の畑中真一(以下「畑中」という)が照会に対応した。畑中は、弁護士法に基づく請求であるから、基本的には回答しなければならないものと判断し、控訴人の本部事務センターに福山東支店の被控訴人名義の預金の取引明細表の送付を依頼し、翌一〇日、同事務センターから被控訴人名義の普通預金の取引明細表(二枚)を受領し、同明細表に基づき福山東支店が保管している被控訴人名義の預金口座の入出金伝票(普通預金入金票一枚、払戻請求書二枚)を探し出した。その結果、平成三年九月六日に現金一二〇〇万円が持参されて同支店に被控訴人名義で普通預金(総合口座)が新規に開設されたこと、同預金について、同年九月三〇日に四二二万八〇〇〇円、平成四年一月八日に七七七万円が店頭でそれぞれ払い戻されたこと、その後利息以外に右口座の入出金がないことが判明した。

7  ところで、控訴人においては、当時「元帳」というものはなく、預金の入出金は取引明細表として管理されるようになっていたことから、畑中は、照会事項に記載されていた「元帳」の意味について取引明細表の趣旨であるか否かを確認するため、的場弁護士に電話したところ、同弁護士から、取引明細表の写しに伝票類の写しを付して送付するよう強く要請された。

8  畑中は、①弁護士会からの弁護士法に基づく照会であり、公的性格を有すること、②右送付されてきた書面から、平成七年から三協工業とB山との間で訴訟が係属中で、その裁判との関係から必要が生じ、他に悪用されるものではないと思われたこと、③的場弁護士は、控訴人福山東支店において平成三年に被控訴人名義の預金口座が開設されていることを破産会社の資料から既に知っており、やみくもに照会したものではないこと、④照会書記載のとおり、被控訴人がB山の社員であることが入金票の記載で確認され、また、預金開設以来入金が一件、出金が二件あるだけで、その後は動きがなく、また、一件当たりの入出金の金額が大きく、通常の預金取引と違うように思われ、したがって、右預金について、何か問題があるのではないかと疑問を持ったこと、以上の理由により、右照会について合理的理由が認められ、また、被控訴人に事前に連絡を取ったり承諾を求めたりすることは差し控えた方がいいと判断した。

9  そこで、畑中は、本部や支店長に協議を求めたりするまでもなく、自己の判断で右照会に応じてよいと判断し、平成九年七月一四日付けで、被控訴人名義の普通預金の取引明細表(二枚)と取引時の伝票(普通預金入金票一枚、払戻請求書二枚)の写しとを岡山弁護士会長あてに送付した。

二  右事実に基づいて、畑中のした被控訴人名義の普通預金の取引明細表及び伝票の写しの送付行為が、被控訴人に対する不法行為となるか否かを検討する。

1  預金取引の内容は人の信用に関わる事項であるから、預金者は、預金取引に関する情報について、いわゆるプライバシーとして、これをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであり、特に預金者と契約を締結し、右預金を管理している銀行の従業員は、業務上知り得た右預金取引に関する情報について、法律上の守秘義務を負っているというべきである。

2  しかし、預金取引についての情報も完全に秘匿されるべきものではなく、これに優越する利益が認められる場合には、必要な範囲内で公開されることは許され、銀行の従業員の守秘義務も免除されると解される。そして、右秘匿の要請に優越する利益が認められるか否かの判断に際しては、同じくプライバシーであっても、特に慎重な取扱いが要請される前科等の情報の場合とは自ずから相違があることを前提とすべきである。

3  ところで、弁護士法二三条の二の照会制度は、基本的人権の擁護、社会正義の実現という弁護士の使命の公共性を基礎とし、捜査機関に関する刑訴法一九七条二項にならって設けられた(ただし、行き過ぎとなることをおそれて、個々の弁護士が直接照会権を有するのではなく、個々の弁護士の申出に基づき、弁護士会が適否を審査して照会することとされた)ものであるから、相手方には報告義務があるということができる。そして、右照会制度の目的は、弁護士が、受任している事件について事実を解明し、法的正義の実現に寄与することにあると解されるところ、かかる公共的性格に照らすと、照会の相手方が銀行であり、照会事項が預金取引に関するものであっても、右照会制度の目的に即した必要性と合理性が認められる限り、相手方である銀行はその報告をすべきであり、また、当該報告したことについて不法行為の責めを負うことを免れるというべきである。

4  これを本件についてみると、的場弁護士は、別件訴訟において、B山が破産会社を支配していたことを裏付ける事実として、B山の福山事務所長の被控訴人が自宅新築資金の一二〇〇万円を破産会社から受領したとの事実を主張する予定であり、右事実の有無が争点になることは予想されたところであるから、右事実を裏付ける資料として、右金員の入金先の被控訴人名義の口座の入出金の経緯を示す資料の収集を考えるのは当然であること、そのためには控訴人に照会して回答を得る以外には適切な方法がないこと、被控訴人は、別件訴訟の当事者ではないものの、当事者であるB山のもとC川事務所長であり、同訴訟で証人として右の事実についても供述していることに照らすと、本件照会には、必要性、合理性が認められるというべきである。

そして、照会文書には、受任事件が具体的に記載され、「申出の理由」の欄には「貴行福山東支店に平成三年 月頃開設された被告C川事務所長であったA野太郎名義の預金口座の資金の動きと、訴外破産者高和プラント株式会社の資金の動きの相関関係から、被告が破産会社を支配していた事実を立証する。(貴行支店に同口座が存在することについては破産会社側資料により確認済みであり、貴行にご迷惑がかかることはいたしませんのでご協力お願いいたします)」と具体的な記載があり、特に控訴人福山東支店に平成三年にB山の社員の被控訴人名義の預金口座が開設されたことは控訴人の側の資料とも一致していたのである。そうすると、畑中がこのような書面の記載内容を考慮して、右照会に必要性、合理性があると判断したのは相当であって、これに基づき被控訴人名義の預金について報告したことには違法性が認められないというべきである。

もっとも、本件照会の照会事項は平成三年ころに開設された被控訴人名義の口座の「預金元帳」の写しの送付であったのに、畑中は、右口座の預金の取引明細表と取引時の伝票の写しとを送付したのであるから、右送付は照会事項以外の書類についてなしたものとして違法性を免れないのではないかとの疑問も生じ得る。しかし、控訴人においては、当時「元帳」というものはなく、預金の入出金は取引明細表として管理されるようになっていたところ、岡山弁護士会からの照会文書に「照会事項につきわかりにくい点等がございましたら、照会申出の会員に直接お問い合わせ下さい。問い合わせは電話でも結構です。」と記載されていたことから、畑中は、照会事項に記載されていた「元帳」の意味について確認するため、的場弁護士に電話し、同弁護士から、取引明細表の写しに伝票類の写しを付して送付するよう要請されたのであって、右経緯に照らすと、右要請に応じて伝票類の写しの送付をした点についても、違法ということができないし、仮に違法であるとしても、畑中に過失の責めを問うのは相当でないというべきである。

5  したがって、畑中が被控訴人名義の口座の取引明細表及び伝票の写しを被控訴人の承諾を得ることなく岡山弁護士会長に送付したことをもって、不法行為を構成するということはできない。

第四結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の控訴人に対する請求は理由がないからこれを棄却すべきである。よって、これと異なる原判決中の控訴人に関する部分を取り消して被控訴人の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 辻川昭 森一岳)

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